眼差しを向けて

 綺麗だな、と思う。薄い硝子一枚を隔てて真摯に本を読むセシリアの翡翠の瞳は、深い知性を宿して煌いている。書物に集中しているらしく、すぐ至近距離から覗き込んでいるロディに気付く気配はない。いつもだったら、気配に敏い彼女はすぐにロディに気付き、美しい笑みを向けてくれるのに…そう思うのだが、熱心に書物を読みふけっているセシリアを、何の用もなく呼ぶのも躊躇われた。
 知識欲が旺盛なセシリアにとって申し訳ないとも思うのだが、渡り鳥の旅はそうそう余裕があるものではない。今のような、街に立ち寄ったほんの少しの間しか、ゆっくりと彼女が書物に没頭できる時間はないのだ。ロディもそれを知っているから、余計に邪魔がしにくい。
 セシリアの瞳は、本当に綺麗だ、とつくづく思う。人間ではない自分とはまったく異なる、生きている証である強い光が一番に現れている。旅の途中で辛いこともあっただろうに、曇りのない澄んだ双眸は、まさに姫巫女の名に相応しい。
 この前そういったら、真顔で「でもロディの瞳のほうが綺麗ですよ?」と言われてしまったけれども。
(でも……)
 新しい知識を得る喜びに輝くときも。ジェーンと『女の子だけの秘密』を楽しそうに喋っているときも。エマと古代の文明について語り合っているときも。
 どんなときだって綺麗だけれども、一番好きなのは。
「………セシリア?」
「…ロディ? どうかしましたか?」
 呼びかけに応じてぱたんと本が閉じられる。優美な仕草で眼鏡を引き抜いて、セシリアはふわりと顔を上げた。
「一息いれて、お茶にしない?」
「そうですね、少し眼が疲れてしまいましたし…」
「セシリア、一生懸命読んでたもんね」
「はい、とても面白かったですよ。ロディも読んでみますか?」
「……いいや、俺は遠慮しておくよ。その代わり、どんな話だったか、後で教えてもらえないかな?」
「もちろん、喜んで」

 一番好きなのは、俺だけに向けてくれるその笑顔。

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