別れを告げる葬送の鐘

 警備の者に促され入室した騎士の姿に、議場の空気はぴりりと緊張の色を帯びた。同じ騎士とはいえ、アランはまだ若く同情を誘う余地が残されているが、彼は違う。クリスやサロメほどではないにしろ、「誉れ高き六騎士」に数えられる彼は、評議会にとって「扱いにくい人物」には変わりは無い。
「……クリス様の死について、なにやら聞きたいことがおありだとか」
 着席と同時に淡々と紡がれる言葉にも、じろりと室内を無遠慮に見回す眼差しにも、やや熱量に欠けているように見えた。嫌味なのかそれとも常日頃の姿なのか、判断に迷っているのだろう、議長がエルフの騎士にそろりと尋ねる。
「報告書によると、クリス殿の最後を看取ったのは貴殿だそうだが……」
「ええそうですが」
 それが何か、と逆に問いたげなロランの声音に、議長はうろうろと視線をさまよわせた。完全に気圧されているようだが、無理もないとグラントは思う。
 今までこの場所に通されるのは、団長であるクリスか、もしくは参謀といえるサロメがほとんどだった。クリスたちとて、それほど評議会に対し友好的でもないし、ましてや阿ることなど無かったが、それでも騎士団を代表して顔を合わせている以上、あくまで表面上は友好的な立場をとっていた。
 だが、今のロランは違う。騎士団の代表としてではなく、あくまで彼個人が証人として呼ばれている以上、愛想良く接する必要性はまったく無い。おまけに今はクリスの死に伴い、今後の事やらなにやら、やらねばならないことは山のようにある。愚にもつかない評議会の聴聞会になど、本来なら顔を出す時間さえも勿体無いはずだ。
 ……もっとも、この愛想の無さはロランのもともとの態度なのかもしれないが。
「そのときの事を詳しく説明してくれんかね?」
「報告書は出したはずです」
「いや……しかしだねぇ……」
「ロラン殿」
 すげない返答に、議長が困りきったように溜息をついた。会話にもならなかった言葉のやり取りが途切れた隙に、別の評議員が小さく挙手する。
「報告書とロラン殿は言われるが、我々はクリス殿の死因が失血によるものとしか知らされておらん。貴殿にはそのあたり、もう少し詳しく説明する義務があるはずでは?」
 居丈高な声音にロランの眉がかすかにひそめられる。だがロランの反駁よりも先に、別の議員が更に発言する。
「『義務』といえば不愉快かもしれん。だが、これは間違いなく貴殿の義務ではあるのだ」
「さよう。我々ひいては市民には、クリス殿の死の真相を知る権利があるし、貴殿には答える義務があるはずだ。それを……僅かあれだけの報告で、貴殿は義務を果たしたつもりかね? そして、我々が納得するとでも?」
「……そうですね……」
 物言いこそ傲慢ではあるが、その発言の内容は正論ではある。暫く考え込むように視線を落として、ロランはやがて小さく呟いた。
 当時を思い出してだろう、ロランの双眸が僅かに揺れる。
「……私たちが駆けつけた時には、もう既に犯人の姿はありませんでした。人質となっていた少女の言によると犯人は3名、いずれもクリス様の手で深手を負わせられ、逃走したとのことですが、現在足取りはまだ掴めておりません」
「貴殿が駆けつけたときのクリス殿の様子は?」
「そのときはまだ、かろうじて息がありましたが……」
 言いにくそうに途切れた語尾に、評議員たちの溜息が重なった。疑いを持っていたとしても、こうして改めてクリスの死を突きつけられると、改めてクリス・ライトフェローという人間の大きさがのしかかってくるのだろう。
(確かに、なぁ……)
 他の評議員たちとはやや想いの異なる溜息をついて、グラントはかすかに天を仰いだ。思えば、クリスの再三にわたる退任要請は、このことを正確に予期していたからに違いない。
 人は、死ぬ。何時か、何処かで、必ず死ぬ。それは、人智ではどうしようもない、生物としての宿命だ。『真なる紋章』のような、御伽噺のようなものにでも縋らない限り、逃れるすべは無い。
 だからこそ、人は群れ、伝える。想いを、技術を、文化を、全てを託し繋いでゆく。ただ一人を支えとする組織が脆いのも、その支えはいつか必ず失われてしまうからだ。そして、誰に渡せるでも無い、一個人の能力によって成り立っていたものは、個人の死と共に喪われてしまう。それを知っていたから、クリスはやっきになって騎士団を去ろうとしたのかもしれない。
 良くも悪くも、クリスの存在は今の騎士団にとって大きくなりすぎた。そのカリスマ、美貌、卓越した剣技術、冷徹な戦術眼、高潔な精神……およそ騎士として求められる全てを、天分とそれ以上の努力によって備え持っていた。親代わりの欲目かもしれないし、贔屓なのかもしれないが、グラントにとってクリスは非の打ち所の無い自慢の娘だったし、多くの騎士にとってもクリスは『完璧』に映ったはずだ。
 ……そうして、甘えが残る。いくらクリスや他の騎士たちが個々人の自覚と奮起を促そうと、多くの騎士たちの心の奥底には「クリスさえいれば、どうにでもなる」という諦めが残ってしまう。
 『英雄』とはそのようなもの、と言い切ることもできるだろう。「その人さえいれば大丈夫」という希望を担い、かつそれに潰されない人物こそが英雄なのだ、とも。けれど過度の希望は、時として猛毒ともなる。騎士たちから寄せられる盲信は、まだ若いクリスには重かっただろうし、騎士団の堕落ともいえる変容を自分が引き起こしたとするなら、辛いものがあったに違いない。
 そういう意味では、クリスの死にはささやかながらも慰めが残る。クリス一人に頼りきり、手遅れになる前に、組織を立て直す機会が与えられたからだ。
(……ん?)
 自分の考えにふとひっかかりを覚えて、グラントは眉をしかめた。
 もしかしたら、という推測に過ぎない。何しろ当人がいない以上、確かめようが無いのだから、これはグラントの無責任な推論だ。けれど――もし。
 もし、クリスが同じように騎士団の未来を憂いていたのだとすれば。そして、このまま騎士団に居続けることの害を悟ったのなら。
「……グラント殿、随分と険しい顔をしておられるようだが、何か不審な点でも?」
「いや……」
 隣の席から声をかけられ、グラントは慌てて顔を上げた。今は、埒も無い考えに浸っている場合ではない。それに真実が何処にあろうと、クリスが選択したその結果を受け入れようという気持ちに変わりは無いのだ。クリスが自身の死という形での失踪を目論んだとするならば、寂しい気持ちは残るがその選択はやむをえないものなのだろうし、無理に妨げるようなことはしたくない。
 視線を前に戻すと、評議員たちとロランの質疑応答はいまだ続いているようだった。聞き逃したところが多々あるが、仕方のないことだと諦めるしかないだろう。さすがに挙手して、「聞き逃したのでもう一度」などというわけにはいかない。
「その、人質となっていた少女の身元は?」
「なにぶん昨夜のことですので大まかにしか掴んでおりませんが……名は確か、シャボン。総勢3名から成る巡回楽団の一人で、昨日の興業の後、ひとりで散歩していたところを攫われたそうです」
 各地を旅する楽団や劇団の収入は、よほど下手で人気が無いものを除けば、一般市民の想像を遥かに超えて多い。ほとんどの街や村には娯楽が少なく、年に数度来る劇団あるいは楽団だけが楽しみ、という人は少なくないからだ。かといって、それらの楽団が儲かっているかというと……これまた一般市民の予想を裏切って、ほぼ全部収支がぎりぎりで成り立っているのが実情だ。単純に旅の費用は勿論のこと、練習にかける時間と費用もバカにはならない。十年一日のごとく同じ演目ばかりでは飽きられるため、その時々の流行を織り込み、新作を披露してゆかねばならないからだ。そして何よりも、劇団ならば大道具・小道具など、楽団なら楽器に、莫大な金が必要となるのが、その最大の理由だろう。特に楽器の場合、草笛など自作できるものならともかく、専門の楽器は製作にしろ修理にしろ専門の職人に依頼せねばならず、洒落にならない金額が請求されることになる。もちろん依頼したからといってすぐに出来るわけもないので、公演に穴を開けないよう常に予備の楽器を準備しておかねばならないし、日頃の整備にだってもちろん金がかかる。
 もっとも、全体で収支を見ればぎりぎりでも、街で興行中の楽団は、一般人より遥かに裕福ではある。そのため、そうした金を狙う輩や、魔物や山賊など道中の危険から身を守るため、多くの団員は護身術など一通り習得しているものなのだが……人間である以上、常に無敵などというのはありえない。ましてや少女ともなれば、嫌な話ではあるがこうした事態は珍しくないだろう。
「……亡くなられたクリス殿をすぐに聖堂へと運ばれたのは、どなたの指示ですかな?」
「クリス様の遺言で、私が。『華々しい葬儀は不要、すぐに埋葬しろ』というのがクリス様のご指示ではありましたが、市民の感情を考えますと別れを告げる時間ぐらいはいただきたいと思いまして。本日限りとあればクリス様も赦してくださるだろうと思い、勝手ながら進めさせていただきました」
 生前のクリスの人気の高さから言えば、今日中に埋葬というのは早すぎる。遺体の腐敗が進みやすい夏場ならいざ知らず、この時期のゼクセンではもう数日置いていても問題は無いはずである。評議会としては、埋葬してしまうまでに騎士団への追求やクリスの死因を鑑定を手配するなど、やりたいことが多々あったのだが、騎士団側はクリスの意向を盾に、頑として譲らなかった。しかもご丁寧なことに、朝から撒かれた号外にはでかでかと、クリスの死と、その遺志により献花は本日夕刻までとの文字が躍っていたのだ。ここまで周知徹底されてしまうと、評議会といえどごり押しはできない。「すぐの埋葬」が、「騎士団の陰謀等疚しいところがあるかもしれない」ではなく、「最期まで清廉なクリス」のイメージに結び付けられてしまった以上、下手な介入は市民感情を逆なでする恐れがある。
 もともとのクリス自身、虚礼や華美なものをどちらかというと嫌っていたような節はあったので、クリスの遺言というのも不自然ではない。だが、号外にきっちりと明記されているあたり、妙に手回しが良いようにも見える。
(……ということは、あの若造だけじゃないってことか?)
 騎士団の参謀とも軍師ともいえるサロメは、およそ騎士らしからぬ部分は多々見受けられるが、結局その本質は『騎士』に近い、とグラントは見ている。堅実に、正道に則った用兵を基とするサロメの思考では、「評議会に口出しさせない方法」を幾通り出そうとも、こうした大衆の扇動は浮かんでこないはずだ。
 そのいい例が、数年前の「クーデター」騒ぎだろう。確かに時間が無かったのかもしれないが、あれだけきっちり証拠をつかんで評議員たちを締め上げることができたのであれば、それらの情報を意図的に市民に漏洩させることによって、下から評議員たちに対する糾弾の声を高めたほうが良かったはずだ。結果的に国内はまとまり、騎士団を非難する声も無かったが……もともとの「評議会」の下に「騎士団」がつく「文民統制」の建前を考えれば、市民たちの声を受けて騎士団が動く、という建前を作ったほうが後々問題にならない。
 けれども、サロメを含め「騎士団」にとって、「市民」は護るべき存在だ。意のままに動かせる「駒」とは扱えない。そこにサロメの、軍師としての限界はあるが……騎士としては、正しいことでもある。100人の市民を護るために99人の市民を犠牲にする、あるいはそのように誘導する――それは、一国の軍師としてはとらざるを得ない選択だとしても、騎士としては決して許されない判断だ。市民を護る盾として、あるいは剣として騎士が存在する以上、ひとりとして「市民の犠牲」など出してはいけないのだから。
 そして、如何様に剣を振るうか、その権限を評議会に託している以上、自分たちが動きやすいように市民を扇動するというのは、考えもつかないことなのだろう。評議会のもと騎士団が動く、という原則論を崩すことになってしまうからだ。証拠を集め、法に則って議員を逮捕する、それが騎士団の限界なのだろう。
「クリス殿ほどの技量であれば、深手など負わず斬り伏せることは容易だったと思うのだが」
「……人質となっていたのが年頃の少女でしたので、そのあたりを考慮なさったのでしょう。いくら相手が賊とはいえ、あまり穏やかでない場面を間近で見せるには忍びなかったのだと思います」
「死因は失血によるショック死とのことだが……クリス殿にそれだけの傷を与えたということは、相手は相当な腕前ということにならんかね? それだけでも賊の正体を、相当絞り込むことができるのでは?」
「いえ、私のみたところ、傷は脇腹の一箇所のみ、それもさほど深くはありませんでした。ですので、残念ながらその推論は当てはまらないと思います」
 では、なぜ。
 一見矛盾するようにも思われる言葉に、ざわめく中でロランが静かに言葉を添える。
「……おそらくクリス様は全く止血せず、そのまま動き回られたのだと思います。断片的ではありますが、その場に居た人質の少女からも、クリス様が少女を庇って傷を負われたこと、それでも変わらぬクリス様の戦いぶりなど証言として得ましたので」
(……んん?)
 淡々と進むロランの返答に、矛盾も穴も見受けられない。だからクリスの死は偽装ではないとも見えるのだが、グラントにはどうしても気になる事があった。
(何でだ?)
 ロランはなぜ、「人質の少女」と繰り返すのか。些細な違和感、というよりは、ほとんど言いがかりに近いのだが、事実ロランは一度少女の名を口にしたものの、その後は「少女」としか呼ばない。さりげない話し振りではあるのだが、逆にグラントとしてはよほど名前を覚えさせたくないのか、とつい穿った見方をしてしまいそうになる。
(シャボン……シャボン、なぁ……)
 その間にも進む質疑は聞き流すことにして、グラントは記憶の中の人物名鑑をひっくり返す。騎士団在籍時の知り合い、その家族からクリスから伝え聞いたものまで。曲がりなりにも評議員として、多くの人々を見知ってはいるが、その中に年齢相当でシャボンという名の少女は居ない。
 では、ロランが少女の身元を明らかにしたときはどうだったか。ロラン自身は、議長は、他の議員達の反応は……。
(……んんん?)
 そういえば。
 あの時、ほんの僅かではあるが、トーマスが何か言いたそうな素振りを見せていたような……気がする。そのときは、たった三名からなる巡回楽団なんて、幾らなんでも少数精鋭だなとグラント自身思ったし、トーマスもそれで驚いていたのではないか、とも思うのだが……そうではなく、シャボンという少女に心当たりがあるとするならば。
(クリス、トーマス、シャボン。騎士団長、評議員、巡回楽団員……)
 クリスの死が偽りなら、必ず騎士団の外に協力者が必要となる。アランとロランの証言からすると、この巡回楽団がクリスの協力者でなければ話は成り立たない。だが、それはかなり危険な賭けのはずだ。ゼクセンの中ならばある程度、騎士団の権威と権力でもって口外しないよう念押しできるだろうが、ゼクセンの外に出てしまえば彼らの口を塞ぐことなどできない。グラスランドで、あるいは別の国で、彼らが「実はねー」なんて喋ってしまうリスクを抱え込むことになる。
 その危険性を考慮の上で協力してもらっているのか、あるいは彼らが口外しないとよほど信頼しているのか。基本的に慎重でありリスク回避を旨とするサロメが前者の理由を取るとは思えないが、かといって後者にしても、各地を旅する楽団とゼクセンを守る騎士団との間に、それほどの信頼関係を築きうる接点を見出すことは難しい。
 ……だが。
(――……ビュッデヒュッケ城?)
 天啓のように閃いた地名に、グラントは強く深く眉に力をこめた。
 四年前、ひとつの戦が終結した。ビネ・デル・ゼクセは前線から遠く離れていたこともあり、多くの市民にとっては何となくハルモニアの脅威が近づき、また去っていった、という認識程度しかないだろう。どちらかというと同時期、その戦に備えるため起こした、騎士団の内通者逮捕の大騒ぎのほうがよほど強く印象に残っているはずだ。
 だが、グラントはクリスから、その時何があったのか、多少なりとも聞いたことがある。具体的に聞いたわけではないが、死んだと思っていた父ワイアットを看取り、多くのものを継いだこと、様々な知己を得たこと……見たこと、感じたことを嬉しそうに、あるいは寂しそうに話してくれた。
(ビュッデヒュッケ城、なぁ……)
 推論に推測を重ねた、荒唐無稽な思いつきかもしれない。けれど、それを軸に考えれば、サロメらしからぬ策謀も、楽団とクリスの接点も、無理やり納得することができる。
 たとえば、楽団員とクリスは四年前、共に戦った仲間だったりとか。その中に、サロメを上回る知略の主が居て、今回立案していたりとか。
 あり得ない話では、無い。
「他に何かご質問は」
「ひとつだけ、良いかね?」
 質問がひと段落つき、ぐるりと見回したロランに、小さく挙手する。他に質問者が居ないことを確認してから、グラントはゆっくりと口を開いた。
「今回のクリス殿の死について、私を含め多くの方々はこれが騎士団による策謀ではないかと疑っていたと思う。ロラン殿の説明によって、この疑念が晴れたのは、喜ばしいことであり……同時に残念なことでもある。クリス殿の不慮の死は我々にとって大きな痛手となったが、我々はこの損失を乗り越え、市民のために一致団結してゆかねばならない。そこで……ロラン殿に質問したい」
「なんでしょう」
 ロランの声音に、僅かに警戒の色が混じる。だがそれに構わず、グラントはふっと息をつき、僅かに視線を落とした。
「……クリス殿と我々評議会の間で、少なからぬ溝があったことは、事実だ。正直なところ、現状に関して不満に感じることも多々あったのではないかと思う。彼女は死の間際、何か……志半ばで死ぬことに、恨みなど残してはいなかったか」
「は、あ……」
 さすがに意図を測りかねたのか、ロランが曖昧にうなずく。
 実際、評議員としてはおかしな問いだとわかっている。けれども、クリスを実の娘のように思っていたグラントとしては、どうしても知りたい事柄だった。
 クリスの死の真相など、今更知ったところでどうにも出来ない。その真意を知ったとしても、やはりどうしようもない。クリス・ライトフェローがゼクセン騎士団から姿を消す、その事実は変わらないし変えようが無い。実情が失踪だろうと真実死亡であろうと、大した違いはそこにはない。
 知りたいのは、クリスがどう感じたのか、だ。何の助けにもなれなかった自分を、あるいはどうにもならない現状を、恨みながら姿を消したのか。彼女はこのゼクセンで幸せだったのか。
 ――知ったところで、結局は自己満足に過ぎないのだけれども。
「ロラン殿は、信頼に足る騎士としてクリスの傍に居ることが多かったと思う。どうか正直に答えてくれないか」
「はぁ……」
 重ねて促すと、ロランはもう一度曖昧にうなずいた。
「あくまで私の主観でよろしければ、お答えできますが」
「構わない。ロラン殿から見たクリスを、教えてほしい」
 うなずき返すと、ロランはふっと真っ直ぐにグラントを見た。騎士らしい潔癖な双眸に、愛娘の面影が重なる。
「……クリス様が幸せであったかどうかは、私には分かりません。ですが、無念の思いはあっても、恨みは無かったと思います。ご自分の意思を真っ直ぐに貫く方でしたから、このような事態になっても後悔はしておられないと……私は、そう思います」
「そうか……」
 いかにも彼らしい、慎重で硬質な言い回しのロランに、グラントは深くため息をついてきつく目を閉じた。
「……ならば、救われる」

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