演劇事情

 ビュッデヒュッケ城の酒場は賑やかである。様々な種族・民族が集まり、わややわややと騒いでいるさまは、グラスランドとゼクセンの中間にあるこの城の特性を見事に現しているようにも見える。
 その、片隅で。
 ぼそぼそと会話を交わしている外見は中年の男性がふたり、居た。
 かたや道で逢った子供にはもれなく硬直されている寡黙な隻眼の男…ゲド。
 もう一方は、陽気で人懐こいわりには己のことは一切明かさないカラヤの男…ジンバ。
 ふたりの前のカウンターには酒瓶がごろごろと転がっているが、ふたりの飲む速さは衰えることを知らない。いくら酒豪で鳴らすものが多いカラヤ族とはい え、流石に止めるべきかどうか、ついでに言えばきちんと支払ってもらえる金額の内に止めたほうがいいか、カウンターの内側でアンヌは暫く迷っていたが、決 断が出る前に別の場所で起こった乱闘騒ぎを鎮めるため二人の前から離れざるを得なかった。
 アンヌの心配など知る由も無く、ひょいと手を伸ばしたジンバは左手で酒瓶を掴むと、自分のグラスになみなみと注ぐ。
「いやぁ、今日は一生に一度の不覚を取ってしまったな」
「………今日で何度目の科白だそれは」
 ゲドの突っ込みも空しく、はぁ、と溜息をついて、ジンバはあらぬほうをうっとりとみつめる。日に焼けて浅黒い肌のせいで見分けがつきにくいが、頬がほん のりと赤く染まっているようである。酔っていないように見えて、案外酒がまわっているのかもしれない。何も知らない人間が見れば、己の不覚を恥じるという よりはむしろ、恋する乙女のような甘い表情にぎょっとするに違いないが、あいにくゲドは今更友人の突発性妄想癖に引いてしまうほど浅い付き合いではない。
「だぁってさ~、しょうがないだろ」
「………俺には分からん」
「そうか~? お前も一度親になってみるとよぉっくわかるようになるぞ。しかも俺の場合、あんなに美人な娘だからなぁ」
「…………」
 だからといって、ジンバの親心ゆえの不覚により、劇場支配人であるナディールを絶望のどん底に突き落とし、クリス及びその他出演者の努力を灰となさしめ、ついでに観客の期待を踏みつけ踏みにじってもいいわけではないのだが。
「………はぁ~、綺麗になっていたなぁ…」
「…………」
 しきりに右頬をさすりながら呟くジンバの戯言を、ゲドはさらりと黙殺した。
 酒のせいばかりではないだろうが、すっかりあっちの世界に行ってしまっているジンバを引き戻すのは面倒である。無駄な努力を素早く放棄したゲドは、黙ったまま酒を飲んだ。

 

 

 話の始まりは、五日ほど前に遡る。

 

 

「…フフフ、集まりましたね皆さん…」
 ビュッデヒュッケ城に誂えられた舞台。その前で仮面の男が不気味な含み笑いを漏らした。ビネ・デル・ゼクセであれば不審人物として間違いなく騎士団に捕 らえられるであろうが、ここは純粋なゼクセン領ではない。さらに、彼が一般常識とは違う世界に生きているとはいえ、犯罪者ではないことをその場に集まって いる皆が知っていた。
 ナディールの前には、4人がそれぞれ手に台本を持って立っていた。ちなみに役者以外の裏方…照明係やら音響係やらは、また別の時間に打ち合わせをするらしい。
 舞台に立てる人間は、質を問わなければ大勢居るが、裏で支えられる人間は熟練の技術と卓越した知識、そしてアクシデントに動じない度胸が必要となる。そ のため、入れ替わりの激しい役者組とは違い、常に同じメンバーで事に当たらざるを得なかった。おかげで、これから打ち合わせする演目に関しては、役者より も舞台の流れを熟知しており、打ち合わせはほとんど必要ない状態となっている。何事も経験は大事ということだ。
「…しかし、ひとり足りませんね…」
 ナディールが呟いたそのとき、舞台に面した酒場の扉が開かれた。初日から遅刻してきたというのに、悠々とした態度で男がひとり、歩み寄る。
「すまん、遅れた」
「ジンバ! きちんと時間ぐらい守れ」
「だから悪かったって。気をつけるよ」
 見た目通りに生真面目なクリスが僅かに唇をとがらせるのに答えて、ジンバは軽く笑った。その手には、クリスと同じ台本が握られている。
 タイトルは悲恋ものの定番…『ロミオとジュリエット』。
 これで役者全員が揃ったことを仮面の奥から確認したナディールが、芝居がかった仕草で両手を広げる。
「では改めて配役を発表いたしましょう。ジュリエット役、クリス・ライトフェロー…」

 

「その時の俺の感動が分かるか!?」
「………」
 その日の内に強引に呼び出されて聞かされた、とはいえなかった。言ったが最後、ただでさえ長い話が余計に長くなることをゲドは知っている。
 そういえばその日は、久々に12小隊の皆と飲んでいた日だった。常日頃行動を共にすることが多いのだが、この城に移ってからは別々に行動することが増えたため、本当に『久々』だったのだ。
 それを、この男が邪魔をした。
「………」
 なんとなくその時の腹立たしさまで思い出してしまい、ちらりと隻眼を隣に流してみたが、想い出に浸りきっているジンバには気づかれた様子もない。つまるところ、ことごとく自分の思うとおりにしか動かない男なのだ。
 ふ、と諦めの吐息をついたゲドは、尚も続くジンバの話を思い切り聞き流した。
「あの後、練習が始まったんだが、あのときのクリスはかわいかったなぁ…」

 

 広々とした舞台に、ほのかな明かりに照らされて立つ姿がひとつ。華奢な容姿に反して、彼女の両手はぎちりと手すりを握り締めていた。もう少しでも力を込めれば、見かけだけのちゃちな大道具など容易に握りつぶされるに違いない。
「クリスさん」
 ふるふると震えるクリスに、ナディールが溜息交じりに呼びかけた。途端にはっと我に返ったクリスが、白い仮面を見返す。
「す、すまない…」
「一生懸命なのは結構なことです。ですが、クリスさんはもう少し力を抜いて下さっても結構ですよ」
「う…解ってはいるのだが…」
「ついでに失礼とは思いますが、クリスさんに完璧な科白は期待していませんから。無理に暗記した科白を言うよりも、クリスさんらしい『ロミオ』への想いを口に出してもらったほうが、自然に見えますよ」
「それも解っている…」
 温和な声音で辛らつな科白を紡ぐナディールに、溜息をついたクリスは憮然とした表情で言葉を返した。「解っている」ということと「できる」ということの間には、飛び越えることのできない暗くて深い溝があるらしく、中々思うようにいかない。
 ジュリエット役はこれが初めてではない。以前に何度かやったことがあるため、科白自体は憶えているのだが、必要な場面に、必要な科白が出てこないのだ。 台本を持っての読み合わせでは違和感なく科白を紡げたはずなのに、こうして舞台に立った途端、クリスの演技はもうどうしようもないほどのものになってしま うのである。そのたびに舞台は壊滅的状況へと陥るのだが、それでも凛と輝く稀有な美貌と真面目な姿勢が好感を呼ぶのか、彼女をジュリエット役に推薦する声 はやまず…今回の配役も、そうやって決められたものだ。
 クリスとしては、勘弁してくれ、というところなのだが、皆の意見ともあれば我を通すわけにもいかない。せめて不自然にならないように、とは思うのだが、 そう心がければ心がけるほど、ますます両肩に力が入って不自然な演技に見えてしまう、という悪循環に陥っていた。がんばればがんばるほど悪化する事態に、 クリスの表情が途方に暮れたように暗くなる。
 努力が空回りしている姿は見ていて痛々しく、出番を待っていたジンバは、とうとう堪えきれず声を上げた。
「身近な人間に置き換えてみればどうだい?」
「…え?」
「だからさ。アンタに一番足りてないのは、『なりきる』ことだと思うぜ?」
「だが、わたしは、恋などしたことがない…」
「別に恋に限ったことじゃないだろ」
 失敗続きで弱気なクリスの、どこまでも天然な答えに、ジンバは励ますようにことさら明るく笑って見せた。隣で演技指導のナディールが仮面の奥からじっと見守っているのを感じながら、良い例をひとつあげる。
「たとえば、アンタとティントのお嬢さんは仲が良いよな。だが、アンタはゼクセン騎士団長、ティントのお嬢さんは大統領御令嬢…もしゼクセンとティントが戦争にでもなったら、アンタは友人に自由に会えなくなる」
 誰のせいでもなく。
 ただ、その身に背負う肩書きひとつで、会いたい人に会えなくなる。
 逢いたいと想う気持ち。逢えないと悟る現実。…その狭間での、一度の邂逅。
「アンタだったら、無理をしてお嬢さんがアンタに逢うためだけにゼクセンに来たら、どう思う? 喜ぶよりも、身の安全を心配してしまうんじゃないか?」
「それは…確かに…」
「じゃあ、アンタは心配だな、と思いながら立っていればいいんだ」
「そういうものか」
 生真面目な表情のクリスが小さく頷く。子供のような素直さに、口許を綻ばせたジンバは、もうひとつ、と付け足した。
「あとな。科白に詰まったら思い出そうとしなくてもいいと思うぞ。俯いているだけで、アンタは十分絵になるイイ女なんだからな」

 

「………あれが命取りだったんだよなぁ…」
 右頬を覆うように手をあてながら、ぼんやりとジンバが呟いた。舞台での騒動の原因の一端をここに見出して、ゲドは溜息をつく。
「…自業自得だ」
「まぁ、そういう言い方も成り立つな」
 成り立つというよりもむしろ、そのものとしか言えないのだが、ジンバの悪あがきを訂正する気にもならず、ゲドは黙々とグラスを傾けた。ジンバの自業自得 に巻き込まれたナディールが哀れというのもあるが、何よりもその友人の愚痴及び惚気につき合わされている自分の身を考えると少し空しいものがある。
 友人は良く選べと、ジンバと出逢う前の自分に言いたい気分だ。言いたいところだが…それを言葉には出さず、逆に手を差し伸べてしまうところが、彼がクイーンに「お人よし」と評される所以である。
「練習は、無事に、見ていたのだろう?」
「そうなんだけどさ…やっぱ本番は全然違うな。衣装とか音楽とか照明とか…何よりも雰囲気がさ」
 本番と、練習はやはり異なるものなのだ。大勢の人の視線が集まっている空間というものは、特殊な磁場でもあるかのように不思議な『何か』があるのだ。おそらく歴史に残るであろう今日の舞台を思い起こし、ゲドはもう一度溜息をついた。

 

 しんと静まり返った客席は、薄い闇に閉ざされていた。隣に座る客の顔が辛うじてわかる程度に、照明が落とされているのだ。しわぶきひとつ聞こ えない沈黙を打ち破るかのように、突如、滑らかなメロディが響き渡った。舞台裏から届けられる透明な音色は、ネイのヴァイオリンだ。哀愁を漂わせる音楽と 共に、舞台の幕がするすると上がり、鮮烈な光がひとつ、舞台に落とされる。
 途端に、おお、というどよめきが細波のように客席を揺るがせた。
「………ロミオ様…」
 結ばれた薄紅の唇から、ひそやかな呟きが押し出される。凛と響くその声は、いささか柔らかみに欠けているのだが、俯いているせいか儚げな印象が強く残 る。長い銀の睫が伏せられた瞳に蔭を落としている様は、優美にして可憐。すべらかな銀の髪を背に流し、美しいドレスの裾をひき、白皙の美貌に拭えぬ憂いを 落とし…それでも真っ直ぐに背筋を伸ばしている姿は、まるで神の手による彫像の如き荘厳さがある。
 いつもならここで何とか科白を紡ごうとし、かえって芝居の流れをめちゃめちゃにするクリスだが、今日はいつもと異なり、ジンバのアドバイスが効いている らしい。ただ一言だけ呟き、目を伏せているクリスの姿は、逆に観客の目を惹きつけていた。白い光がもうひとつ舞台に落とされ、『ロミオ』の姿が舞台に現れ るが、かわいそうに彼は完全に『ジュリエット』の引き立て役に過ぎない。それほどの存在感が、あった。
 クリスと違い、『ロミオ』が長々と大仰な台詞回しで愛を伝える。
 報われぬ愛に怯え立ちすくむ女と、果敢に立ち向かおうとする男。象徴的な姿が二人の愛の深さと同時に、哀れな結末を予感させて、客席が期待にざわめく。
 …そこまでは、本当に順調だったのだ。
 だが。

 

「せっかくの舞台を、お前はぶち壊した」
「仕方ないだろう! クリスがあんまりにも綺麗だったから…」
「肝心のクリスも怒っていたぞ」
「う………確かに」
 ぐ、と詰まった友人を尻目に、ゲドはその後の顛末を思い出し、深々と溜息をついた。ジンバの右頬にくっきりと刻まれた打撲痕を見るにつけ、努力を台無しにされたクリスの表情がまざまざと甦る。
 『ロミオとジュリエット』の舞台の成功を、観客も役者たちもナディールでさえも、信じて疑わなかったその瞬間に。
 この男が舞台に乱入したのだ。
 しかも、こともあろうことに、咄嗟の事態に硬直していた『ロミオ』を右ストレート一発でのしたジンバは、倒れ伏す『ロミオ』を踏みつけながら、舞台と客席に向かって堂々と宣言してのけたのである。

 

『ジュリエットが欲しくば、俺を倒してゆけ!』

 

 お前はジュリエットの父親か、と聞いた者だれもがいれるであろうツッコミが真実であることを知っていたのは、そのとき客席の一番後ろでクリスに乞われ見に来ていたゲドだけだった。
 その後の騒ぎについてはいうまでもない。確信していた舞台の成功が目の前で崩れゆくのを見て、ナディールは絶句したし、客席は騒然と色めきたった。
 誰よりも、クリスは。

 

「…しかし、流石にお前の娘だ」
「何でだ?」
「妙なところで行動力があるところが、良く似ている」
「…そりゃありがとよ」

 

 手のつけられない状況に陥った舞台に、クリスは暫し呆然としていたようだった。だが、それが怒りに変わるまで、数秒も要さなかった。舞台から 一番遠いところにいるゲドでさえ、彼女の色の引いた無表情の上に白熱した怒りを感じ取り、内心でジンバの冥福を祈ったほどの、凄まじい気配が放たれる。
「ジンバッ!」
 鋭い叫びと共に、クリスはひらりとバルコニーから身を躍らせた。美しいドレスの裾がふんわりと宙にたなびく。さながら妖精の跳躍のような、絵画のような一瞬のあと。
「…ぐぁっ!」
 背中に鋭い蹴りをくらったジンバが、前のめりに倒れ掛かる。ジンバを足蹴にしたクリスはその反動でふわりと後ろに飛ぶと、高いヒールの靴を履いているにも関わらず危うげなく着地する。
「…ジンバ」
 ようやく体勢を立て直したジンバが振り返ると、そこにはにっこりと、艶やかな唇を笑みの形にひいたクリスがいた。
 そして。
 渾身の力をこめたクリスの右ストレートが、ジンバを打ち抜いたのだった。

 

「そういえば、お前へのパンチも良く似ていた」
「クリスに剣術の基礎を教えたのは俺だからな。けど、あれも一生に一度の不覚だよな」
「お前は『一生に一度の不覚』をどれだけ繰り返す気だ」
「だってよ、後ろで護ってる娘からあんな仕打ちを受けるとは、フツー思わないだろ」
「それだけ怒りが深かったということだ」
 苦労の挙句、自分以外の者のせいで舞台がめちゃくちゃになってしまったのだ。しかも、科白を間違えたとか出番を間違えたなどという、赦せる範囲のアクシデントではない。クリスの怒りも無理はない話ではある。
 だが、そんな常識的な判断が通用する相手ではないことを、幸か不幸かゲドは知っていた。
「だって、娘のピンチだぞ!? あんな軟弱な男が相手では、クリスが苦労するに決まっている!」
「…………あれは芝居だ」
「芝居でも何でも、俺以上の男でなければクリスは渡せんッ! そうでなければ認めるものか~ッ!」
 酒が入って余計に手に負えなくなっている友人が、わっとカウンターに泣き伏せるのを見捨てて、ゲドはぼんやりと眼差しを宙に向けた。
 結局誰が相手であっても、ジンバの錯乱は免れえぬことだったのだろう。今まではジンバは客席から見ていただけだった上に、クリスの演技がたどたどしかったために起こらなかっただけに違いない。
 ゲド自身は見たことがないが、クリスの容姿はジンバ…否、『ワイアット』の妻アンナに良く似ているらしい。普段の凛々しい姿とはうってかわった、楚々としたドレス姿は、彼の家族愛と後悔とを存分に刺激するものだったということだろう。
 しかし、クリスの演技が上達したのも、もとはといえばジンバのアドバイスによるものなのであって……つくづく、厄介ごとを巻き起こしてくれる男である。
「……クリスぅ~……何時までもパパの可愛い娘でいてくれよ~…」
「五月蝿い」
「……一生結婚なんかしなくてもいいぞぉ~…」
「…黙ってろ」
 ちなみに、今日の芝居におけるジンバの役は『衛兵その1』だった。どういう役どころなのか、クリスとの共演を報告されたときジンバにたずねると、すかさず「ロミオとジュリエットの恋路を邪魔する役だ」と答えられ、なんとなく納得してしまった経緯がある。
 娘の恋路を邪魔する父親。
 ………ありありと目に浮かぶだけに、なんとなく今回の騒動も予想してしかるべきだったような気も、するのだ。とすると、今回の惨劇の原因はジンバにあるだけでなく、防ぐ手立てを講じなかった自分の不覚にも由来するということか。
 とりあえず。
「クリスぅ…」
 夢の中でも愛しい娘に逢っているのだろう。カウンターに突っ伏したまま、ジンバがふにゃりと緩んだ笑みを浮かべる。幸せそうな寝顔のジンバを見下ろしたゲドは、その夢を破らないように静かに立ち上がった。
 彼の夢は、きっと、現実にはならない。
 自由気ままなカラヤの男と、律儀・生真面目・几帳面と3拍子揃ったゼクセン騎士団長。ジンバが思うよりもその溝は…性格的に、深そうだった。たとえジン バが「パパの胸に飛び込んでおいで~♪」などと本音をほざいたところで、無視されるか蹴倒されるかのどちらかに違いない。彼の望む「お父様、大好きv」な どという科白は、夢の中でしか聞く事はできないだろう。
 ならばこそ、せめて、夢の中でだけは、幸せな『家族』でいさせてやりたい。
 目覚めれば、悪夢よりもひどい現実が待ち構えているのだから。
「…………ナディールに伝えておかねばな」
 友人へのささやかな仕返しを思い、ゲドはほんの少しだけ笑った。
 アンヌからは常識外れの金額が記入された伝票と、ナディールからは今回の劇の降板と今後一切クリスとの共演禁止という宣告とが、ジンバの目覚めを待ち受けていることも知らず、健やかな寝息を立てているジンバが。
 寝入ってしまった不覚を、後で凄まじく悔いたことは言うまでもない。

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