注意事項: 御月が見た夢をもとにしたパラレルです。…つまりはアホアホということです。
状況説明:
「ゼクセン」…ビネ・デル・ゼクセを本拠とするチーム。オーナー権限が強く、内紛が絶えない。ガラハド監督・ペリーズヘッドコーチがオーナーの陰謀により引退させられたのを機に、契約問題がこじれかけていたクリスたち人気選手6人が移籍という事態になる。
「炎の運び手」…ビュッデヒュッケ球場を本拠地とする新設球団。50年前、同じビュッデヒュッケ球場を本拠とし、驚異的な強さで「ハルモニア」を抑え優勝 したチームにあやかって名づけられた。当初こそは新規チーム特有のごたごたでもたついたが、後半は奇跡の快進撃を続けた。現在リーグ2位。
「ハルモニア」…かつての常勝軍団。球団が売却された際に名称も変更された。
「紋章破壊者」…もと「ハルモニア」。新監督にアルベルト・シルバーバーグを迎え入れ、冷徹な戦略と非常な戦術とでリーグトップの座を守っている。
耐えられる方のみ、下へお進みください。
湖畔の球場ビュッデヒュッケ。
オーナーからも見捨てられたこの場所に、内気な若者トーマスが球場責任者としてやってきたところから全ての物語が始まる。
ボロボロの球場とやる気のない従業員を抱えて出発したトーマスは、復興策として球団新設を打ち出した。
監督にシーザーを迎え、各地から有力だがクセのある選手を引き抜く。
シーザーは大胆な策と繊細な人身掌握術とにより、選手達の力を十二分に発揮させることに成功する。
幾つもの苦難を乗り越えて、一致団結した新生「炎の運び手」は開幕当初の弱小ぶりとはうってかわって、奇跡の快進撃を続ける。
そして……
*
誰がこの日のあることを予想しただろうか。
閑古鳥が鳴いているどころか、巣をつくり一羽10ポッチで叩き売れそうなほど大量繁殖していたビュッデヒュッケ球場だったが、今は満員御礼スタンド総立ちの状態であった。球場上部に作られた貴賓席の中から、新米球団社長のトーマスは感慨深そうに溜息を零す。
傍らにたつ少女が、不思議そうにトーマスの顔を覗き込んだ。
亡き父の後を継ぎ、トーマスの身を守る護衛の一人であるが、その表情はまだ幼さが残っている。
「トーマス様? どうしたんですか?」
「うん、よくここまでこれたなぁと思って」
「そうですね」
ひっそりと紡がれたトーマスの言葉に、セシルはにこりと笑った。
もう秋だというのに真夏なみの光と熱を地上に投げつける太陽と同じ明るさの、けれどもっと爽やかな笑顔。
「みんな、いっぱいがんばったからですよ」
「うん」
「でも、それもきっとトーマス様が1番最初にがんばってたからですね」
「そ、そうかな?」
「だから、きっときっと、大丈夫ですっ」
両手握りこぶしでされる力説は、何の根拠も無いけれども、込められた想いの強さと共にその言葉はすとんとトーマスの胸に落ちた。
きっときっと、大丈夫。
「……そうだね」
答えるようににこ、と笑って、トーマスはそっとセシルの小さな手のひらを握り締めた。
*
何の因縁でしょうか。
長い長いリーグ戦の最終試合は、現在マジック1が点灯している「紋章破壊者」と、それを追う2位「炎の運び手」の組み合わせとなりました。
この試合、勝ったほうがペナントレースを制するわけであります。
現在9回裏。スコアは1-0、「炎の運び手」1点のビハインド。
「紋章破壊者」の先発ピッチャー・ユーバーは完投こそなりませんでしたが、要所要所を押さえ、「炎の運び手」は3塁を踏むことすら許してもらえませんでした。
普段は威力のありすぎるストレートをメインに組み立て、四死球を多く出していたユーバー選手ではありますが…今日はスピードよりもコントロール優先にしたピッチングが功を奏したようですね。
1番ヒューゴからのクリーンナップで、少なくとも1点は返したい「炎の運び手」でありますが、マウンド上にあがったのは守護神ルック、セーブ数ではリーグトップの投手です。
監督1年目のシーザー監督、余裕のない表情とは逆に、迎え撃つは実の兄アルベルト監督。こちらは多少なりとも余裕があるようです。
さてバッターボックスに向かうのはヒューゴ選手。
抜群の選球眼とリーグナンバーワンの盗塁数とで、アンケートで「塁に出したくない選手ナンバーワン」に輝いた選手でもあります。
今日も足を使って揺さぶる作戦に出そうですけれども…
おおぉ~っと! どうしたことでしょうルック選手。
珍しくストレートのフォアボール!!
やはりプレッシャーがかかっているのでしょうか、出してはならない選手を塁に進ませてしまいました!
次は2番パーシヴァル選手、クレヴァーで堅実なバッティングに定評があります。
ここはやはり堅実に送りバントか、あるいは盗塁か。
おっと、シーザー監督は送りバントに決めたようですね。パーシヴァル選手、バントの構えです。
内野は極端な前進守備、難しいところですが…上手く決めましたね。さすがです。
ワンナウト2塁、次のバッターは3番クイーン選手!
シャープな打撃が売りの選手、ここで一つ長打が出れば同点ということになりますが………
つまり気味の打球をセンターがしっかりキャッチ、惜しくもクイーン選手、あと少しというところでセンターフライに倒れてしまいました。
これでツーアウト2塁、これが最後のバッターになるか!?
脅威の3割バッター、クリスの登場です!!
*
わぁぁわぁあと観客のどよめきが四方から聞こえ、クリスはそっと耳を澄ました。
その中で高らかに自分の名が告げられる。
「背番号6番、クリス・ライトフェロー!」
きり、と薄紫の瞳で前を見据えて、クリスはバッターボックスへと歩を進めた。
対峙するは「紋章破壊者」の誇る抑え投手ルック。
彼に対する今期のクリスの成績は…見るも無残、全打席三振。
とはいえ、クリスの今シーズン3割1分という打率は全て、2・3塁打と本塁打と三振で構成されているシロモノである。
今まで当たっていなくても、一発当たれば大きいということは誰もが知っている。
クリスも、そして対峙しているルックも。
「…随分と落ち着いたものですね」
「…そうだな」
バッターボックスに入り、きりりとした眼差しを向けたまま、クリスはあっさりと呟いた。
思った反応が得られず、キャッチャーマスクの下でセラが眉をひそめたのが気配で分かった。
「…お父様のこと、寂しくないんですか?」
「………ッ!」
「ストライーク!」
何気なく紡がれた言葉に思わず瞠目した瞬間、ルックの投げた球はずばっ、と小気味いい音を立ててセラのミットに納まった。
ツーアウト、ワンストライク。これで一歩、追い込まれた形になる。
「…父のことは関係ない」
「そうですね…実際に貴女のお父様を引退に追いやったのは、ユーバーですものね」
「…くっ…」
振り遅れたバットを、クリスは懸命に留めた。
判定はボール。きわどいところで助かった。
セラの囁きに惑わされてはいけないことは解っている。
今は勝負の最中なのだ。
クリスが幼いころから野球一筋だった父ワイアット。共に暮らした記憶など、ほとんどない。
わずかに残っているのは、いつも自分をおいて球場へと向かう広い背中だけだった。帰らぬ父を追うようにして、クリスも野球を始めたのだ。
自分の方を向いてほしかった。愛して、ほしかった。
懸命に白球を追う姿。それが、口下手で不器用な男の、精一杯の愛の表し方なのだと気づいたのは、ワイアットが引退した後だった。
先日の試合において、球威と球速はあるがとてつもないノーコンピッチャーであるユーバーが、ファウルで粘り続けるワイアットに痺れを切らし、速球を当てたのだ。
もちろん、ユーバーにもペナルティは与えられた。だが、それがスポーツの上での事故なのか…あるいは故意なのか、第三者に解るわけがない。
結局、死球を受けたワイアットはスポーツができない身体になり、シーズン半ばにして引退を決意した。
気にしてはいけないのだと解っている。
けれども。
「…お父様の意志を継いで、挑戦なさるんですね。勇敢ですこと」
「…ッ!」
第3球。内角から外角へ逃げるようにカーブを描いたボールは、僅かにボール半個分ほどストライクゾーンから外れていた。
判定はボール。
これでワンストライク、ツーボール。
「けれども、貴女にルック様のボールは、打てません」
「…………くそッ」
第4球。今度は外角から内角へと鋭く抉りこんできたボールに、振り遅れたものの強引に当てにゆく。
ぢっ、と快音には程遠い音を立てて舞い上がった打球は大きく左に弧を描いて、レフトポールの更に左側の観客席に落ちた。
キャッチャーフライではないことにほっとするが…これで大きく追い込まれてしまった。
次はどう投げるのか。ストライクを取りにくるか、あるいは外して様子を見るのか。
選択肢の多いピッチャーに対して、ツーストライクと追い込まれたクリスは、ストライクゾーンの球は全て打たねばならなくなったことになる。
「ふふふ…次はどうしましょうね?」
セラの隠微な笑みが耳朶をくすぐる。眩暈を覚えてクリスの視線がさまよった。
そのとき。
「……あ…」
セットポジションに構えるルックの向こう。
2塁ベースより大きくリードをとり、こちらをひたむきに見つめるヒューゴと刹那、視線が交わった。
緑柱石の瞳は真っ直ぐにクリスに向かっていた。曇りのない瞳に浮かんでいるのは…クリスへの信頼だ。
必ず、打ってくれると。ここで終わりになどならないと。
(わたしは…!)
羞恥と、不甲斐ない自分への怒りが、クリスの胸に湧き上がった。
このチームに移る前。対戦した試合において、彼の親友にケガを負わせたしまったことがある。
真剣勝負だった。ピッチャーだった彼もだし、バッターボックスに入ったクリスもだった。
渾身の力をこめて打ち返した打球は真っ直ぐに飛び、少年の右ひざを痛打したのだ。
マウンド上で崩れ落ちた少年に駆け寄ったヒューゴが、呆然と立ち尽くすクリスを睨みつける、その瞳の苛烈さは強烈にクリスの記憶に焼きついている。
遠い昔ではない…一年ほど前の、出来事だ。
このチームに移り、再会してからも、ヒューゴのクリスに対する態度はずっとぎこちなかった。
憎んでいるのだと思っていた。そして、仕方ないのだとも。
それなのに。彼は過去の因縁よりも、現在のチームの勝利を優先させた。
そのために必要なクリスの力を、信じた。
(わたしは、彼の信頼に応えられるか?)
いや、彼だけではない。
共に戦ってきたチームメイトも。
口々に自分の名を叫び応援してくれている観客も。
応えたい。応えなければならない。
「…どうしたのです?」
「……」
訝しげなセラの問いには答えず、クリスはぎゅっとグリップを握り締める手に力をこめて、ルックを見据えた。
深く息を吸い込み、吐き出す。神経が研ぎ澄まされていくのが自分でも分かる。
ぐ、とルックの身体に力が入ったのが見えた。グラブで隠された右手が引かれ、大きく振りかぶって…ボールが投げられる。
永遠に引き伸ばされた一瞬。
そして。
キィン、と鋭い金属音が響く。高々と舞い上がった白い打球は、大空に優美な曲線を描き…正面スタンドに大きく掲げられたスコアボードに小さくキスをした。
この瞬間、「炎の運び手」の50年ぶりの優勝が決まったのだった。
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