ふと目が覚め、起き上がろうとした刹那全身が軋み、クリスはそっと眉をひそめた。ゆっくりと上半身を起こすと、寒くないようにという配慮だろう、上にかけられていた衣服がさらりと滑り落ちる。身体の節々が痛いのは床の上に寝ていたせいもあるだろうが…そればかりでもあるまい。小さくため息をついて、のろのろと衣服に袖を通す。
初めての痛みと快楽に意識を失っている間に、わざわざ身体を清めてくれたらしく、身体のあちこちに烙印のような情熱の跡があるにも関わらず、表面上に違和感は無い。むしろ違和感があるとすれば己の中だろうが、そればかりは仕方が無い。
年齢相応とも言える乱暴さと性急さで身体を繋いでおきながら、それでもこうして垣間見える気遣いに、クリスはほろ苦い笑みを浮かべた。結局のところ、『英雄』となるには心優しすぎるのだ、彼は。
「酷い人間だな、私は…」
脳裏をよぎるのは、涙を零しながら、それでも何かを諦めるような笑みを浮かべた、ヒューゴの姿だ。
『英雄』として祭り上げられる苦しみを、誰よりもクリスは知っていた。『ゼクセンの白き乙女』という異名は、個人としてのクリスをヴェールのように覆い、等身大のクリスを隠す。そうして居場所を失う痛みを、クリスは知悉していた。
そのクリスが、年端もいかない少年を英雄へと押しやり…懸命に己を殺して英雄を演じる彼に、改めてその仮面を突きつけたのだ。
ほかの誰よりも、本当の自分を顧みられない苦しみを知っているクリスが。
ヒューゴにしてみれば、それは裏切りに等しいだろう。だからこそクリスは、ヒューゴに責める権利があると信じていたし…その結果を受け入れるつもりだった。顔も名前も未来も喪って『炎の英雄』という名の偶像になった彼が望むのならせめて、と。
「………いや、違うな…」
本当は。
本当は心のどこかで、まっすぐな彼の眼差しに魅かれていた。向けられる憎悪でさえも微笑ましかった。少しずつ打ち解けてきて、ぎこちなさをほんの少し含んだ笑みが嬉しかった。
けれど、きっと彼はもう微笑まない。羽衣を失った天女が二度と天に戻れないように、ヒューゴはもう素直な少年には戻れない。
「…ごめんなさい………」
奪ってしまった子供時代を思い、クリスは静かに泣いた。
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