それはまるで恋のように

 どうしよう、と呟いた声音はひどく乾いて響いた。言葉とは裏腹に、困惑を全く含まないその声に、隣に座っていたジョルディが僅かに目を瞠る。物問いたげなジョルディの眼差しをさらりと押しやり、どうしよう、とヒューゴはもう一度呟く。
「…変なんだ、俺」
「…………」
 声に奇妙な明るさを滲ませて、ヒューゴはこてん、とテーブルに頬を寄せた。ひんやりとしていた木はすぐにヒューゴの体温を移しとって、じんわりとぬるくなる。
 脳裏に浮かぶのは、銀髪の女性。故郷を火にかけ、目の前で親友を斬り殺し、今は形ばかりの『仲間』となっている。共に手を携えハルモニアに立ち向かう仲間…けれども、そう簡単に割り切れるものでもない。
 <炎の英雄>として振舞わなければならないヒューゴにとって、それは大きな抑圧となっていた。そして、押し込めれば押し込めるほど、憎悪は凝って冷たい炎となる。
 硬質の声を聞くたびに。白く細い首筋を見るたびに。隙のない後姿を見かけるたびに。
 後ろから襲い掛かったら。それとも会議中に正面から斬りかかろうか。抉り出した内臓はやっぱり『鉄頭』らしく冷たく素っ気無い発条が詰まってたりするんだろうか。そのとき吹き出る血は本当に人間らしく、赤く、温かいのか。
 ふとした拍子に、そんなことばかり考えてしまう。
「ヒューゴ、お前……」
「わかってる。本当にやらないよ」
「ヒューゴ……」
 呻くようなジョルディに明るく答えて、ヒューゴははぁ、とため息をついた。
 わかっている。こんなのは埒もない想像に過ぎない。現実問題としてハルモニアの脅威が迫っている中、今は社交儀礼でも『仲良く』しなければならない。
 けれども、もし彼女たちと手を切り、ハルモニアと結んだら…そうして、何時かのカラヤのように彼女たちの故郷が業火と鮮血に覆われたら、クリスはどんな風に絶望するのだろう。親しい人を目の前で喪ったら、どんな風に憎悪の炎を滾らせるのだろう。それとも、後ろに続く屍の山には頓着せずに、冷ややかに淡々と、その指先から死を振りまき続けるのだろうか。
「本当に、もうどうしよう…」
 いっそのこと見なければいいのに、嫌いなものこそ敏感になる法則でもあるのか、油断すれば彼女が視界に入ってしまう。そして、見るたびにその死を夢想するのだ。

 それはまるで恋のように。

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