初めての手紙

 そういう人だとは知っていた。そりゃもう嫌と言うぐらい、思い知らされ続けてきたといってもいいぐらいには知っていた。何しろ出会いからして物騒だったのだし、そもそも相手はゼクセンの女神とも謳われたクリス・ライトフェローである。騎士団という男社会で長く育ってきた彼女は、年頃の女性が持っていて不思議でない甘さなど微塵もなく(かといってリリィのように賑やかなクリスというのはかえって想像できないけれど)、だからこそビュッデヒュッケ城の大広間に飾られていた女神像のような整った冷ややかさに、ほんのり優しさを溶かし込んだ数少ない笑みに、何度も心を鷲掴みにされたものだ。むしろ、翻弄され続けたきたし、それは今でも変わりはないと言っても言いすぎではないだろう。
 最初のデートは貿易ついでの仲間探しの旅だったし(それでも一応、二人きりだった)、その後のデートだって、仕事の合間にビュッデヒュッケ城のレストランで一緒にお茶を飲むのが精一杯だった。
 そんな感じだから、五行の紋章戦争が終結し、クリスとヒューゴがゼクセンとカラヤに離れ離れになったとき、こまめに文を出す、とヒューゴは言い出したのだ。魅力的なクリスがひとりゼクセンに居ればどんな虫がつくか分からない。せめて文を出すことで、自分とクリスの間に何か繋がりを持ち続けたかったのだ。
「けどこれはないよクリスさん……」
 戦いは、現実だ。それもとびきり厳しい現実だということを、ヒューゴは知った。理想も理念も、夢も希望もない。徹底した知と力のぶつかり合いであり、負けたほうが血と泥濘に沈む。そんな戦いに直面し続ける騎士団にいたのだから、クリスがもうどうしようもない現実主義者で合理主義者なのも仕方がない。
 仕方がないのだが…………………さすがにこれは、ヒューゴとしてもフォローのしようがない。
 懸命に考えて、悩みに悩んで、ルシアから習いたてのゼクセン語で精一杯綺麗に近況を書き記した手紙。どうせ「こちらは元気だ」の一行文が返ってくるのだろうと思いきや、返ってきたのはそれにプラスして真っ赤に添削された自分の手紙だった。逐一細かく綴り間違いや熟語の間違いを朱筆で訂正してある。
 自分は恋人と心温まる手紙のやり取りをしたかったわけで、家庭教師に宿題を提出しているわけではないのだ。
「クリスさんの馬鹿ぁ………」

 その後ヒューゴは二度と訂正が返ってこないようみっちり勉強し、ひとりルシアがほくそえんでいたことは余談である。

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