「ヒューゴ、ちょっと寄ってみたいところがあるんだけど…いいかな?」
唐突にためらいながら告げられた言葉に、ヒューゴは当然のようにこくこくと頷いた。クリスと旅をするようになってから、それなりに年月が経っているが、クリスが次の目的地について希望を出すということはほとんどない。大体が、ヒューゴが提案しクリスが勘案する、といった役割分担になっている。
滅多に無い、クリスのお願い。愛しい彼女のお願いならばなんでも聞いてやりたいというのは、ごくまっとうな男心だろう。
…だが、このときヒューゴはひとつ見落としていた。
クリスは決して、「ごくまっとうな女の子」ではなかったことを。
「……おおおっ、今の見たかヒューゴ! 凄かったなぁ…」
「うんそーだね」
「いやぁ、やっぱり本物は違うなぁ…うーん、人の動きって参考になるなぁ」
「うんそーだね」
「特にさっきの後ろ回し蹴り! わたしも剣を持たなくてもあれぐらい動けるようになりたいなぁ」
「うんそーだね」
「…そうだ! 今からわたしも特訓して、来年は出場できるように…」
「…それはやめて」
うきうきと目を輝かせて語るクリスに、ヒューゴはがっくりと肩を落としながら答える。
こんなはずではなかった。もっとこう…花びらで薔薇の香りでピンクでかわいらしいイメージをしていたのに、どうしてここまで汗臭くむさくるしくなっているのか。百歩譲って珍しい武器を置いている武具屋までは許せるとしても、なぜクリスとふたりで、武術大会など観戦に来ているのか。それも汗と下手すれば血が降り注いできそうな最前列で。
「…クリスさんらしいけどさー…」
ため息をつくけれども、それでもやっぱり楽しそうなクリスの横顔に、文句をつける気も失せてくる。なんだかんだいって、クリスが楽しければいいや、と思ってしまう自分にも問題があるかもしれない。
とりあえず。
「…次の行き先は、やっぱり俺が決めてもいい?」
「うん、ヒューゴに任せて間違いはないからな! 頼むぞ」
次の目的地は、花のきれいな場所にしよう、とこっそり思った。
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