さあさあと、とどまることを知らない、やさしい雨垂れの音が耳朶をくすぐり、クリスはふわりと双眸を開いた。見慣れた白い天井が、少し目に痛い。窓の外へ視線を向けなくても、全身に感じる水の気配に、クリスはゆっくりと視界を閉ざす。
雨の音は、好きではなかった。お転婆だった子供の頃は、外で遊べなくなることに不満を抱いていたし…父が居なくなったときも、母が息を引き取った時も、こんな風に厚い雲の向こうに太陽が隠れていた。
しかも、雨の日は空気がひんやりと冷気を帯びる。物音の絶えた石造りの屋敷の中でひとり、寒さに震えながら窓の外の雨を眺めていた少女の頃の想い出は、今でもクリスの中にひっそりと息づいている。その後多くの出来事があったにも関わらず、雨の日というものは忌まわしく孤独なものというイメージが残っているのだ。真なる水の紋章を継いでからはなおさら、水と、父が紋章と共に歩んだ孤独の日々とが重なって、ひどく冷たく、苦しく感じてしまう。
けれど。
「………ん…」
すぐ傍らに寄り添うぬくもりに、ふわりと笑みが浮かんだ。正直に告げるとまた機嫌を損ねるだろうが、子供特有の高い体温が直に伝わってきて、冷え切った肌を温めてくれる。身体だけではなく、心の中から暖かな火を灯してくれる、確かな存在。それは『真なる火の紋章』だけではなく、彼だからだ。
大切で、愛しいひとだから。
(ねむい…)
とろとろと穏かな眠りが、再び細波のようにクリスの中を満たしてゆく。ゆらゆらと夢と現の間をさまよいながら、起きたら何をするかぼんやりと考える。ゆっくりと朝食(というにはもう時間が遅いだろうけれど)をとって、それから…そうだ、雨の中の散歩もいいかもしれない。一人では淋しくても、ふたりなら。
仄かな笑みを口許に浮かべたまま、クリスはゆるゆると夢の中に落ちてゆく。良い夢が見られそうな、そんな気がした。
静謐な孤独はもう、入ってはこない。
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