CLOVER

 どう毎度毎度のことながら、評議会の食えない面々との会談は、クリスにとって非常に疲れるものだった。無表情を顔一杯に貼り付けて、遠まわしに腹を探り合うなんて面倒なことこの上ない。サロメが何かとフォローをしてくれるのだが、それでも一応対外的にはクリスが応対せざるを得ない。机の下で震える握りこぶしを懸命に抑え、椅子を蹴り飛ばして「表に出ろ、決闘だ!」と叫びそうになるのを堪え、相手の嫌味を笑って聞き流し……。
「………ああ、疲れた……」
 心底ぐったりとした呟きが、広い自室に空しく響く。思わず鎧姿のままベッドに倒れこみたくなったが、それをすると後で困るのは自分である。くつろいだ後にまた起き上がって、私服に着替えるのが面倒くさくなり、結局鎧のまま寝てしまい…朝になって体の節々が痛むことになりかねない。一度経験済みなため、ここでの自堕落は禁物である。はぁ、と深い溜息をついて、クリスはだらだらと鎧を脱いだ。ゆったりとした衣服に着替え、きっちり結わえていた髪を解く。
 『騎士団長』の鋳型から解放されるような心地に、クリスはゆっくりと深呼吸をした。
「…あ」
 そのときになってようやく、机の上に置かれている白い封筒に気がついた。宛名は短く「クリスへ」…裏を返してみると、そこには一文字「H」とだけ書かれている。おそらく、気の利く誰かが先により分けて持ってきてくれたのだろう。
 多くの手紙・陳述書を受け取るクリスに対して、本来ならば差出人の署名もない手紙など、届けられるはずがない。誰のものからとも解らない手紙をいちいち読むほど、クリスは暇な身分でもないからだ。
 けれど、この手紙だけは、違う。下手だが伸びやかな筆跡が、何よりも雄弁に差出人の身元を語っているわけだが…一番の理由は、ブラス城に勤める全てのものが知っているからだろう。何かと頻繁に届くこの手紙を、クリスがとても待ち望んでいることを。
「…?」
 手に取った封筒の予想外の軽さに、クリスはふと目を瞬かせた。いつもなら字の練習も兼ねて、返事に困るくらいに長々と近況報告を送ってくれるのだが、今日は妙に軽い。疑問に思いながらも、とりあえず封を切り、中の手紙を引き出す。
「………………ふふっ…」
 いかにも『彼』らしい手紙に、クリスの唇から微笑が零れ落ちる。
 封筒の中には、二つ折りにした一枚の白紙が入っていた。その間には、よほど急いでやったのだろう、まだ渇ききっていない押し葉が一つ。
 瑞々しい緑の、四葉のクローバー。
「返事は何にしようか」
 くすくすと笑いを零しながら、丁寧にクローバーをつまみあげる。窓から差し込む光に透かすと、美しい葉脈が浮かび上がる。
 花束か。それとも、春らしい色合いのリボンとか。いっそのこと、素直に感動したことを丁寧に綴ってみるのもいいかもしれない。普段は業務連絡と見紛うばかりにそっけない返事しか出さないから。
 窓辺にかけられたカーテンが、暖かい風にふわり揺れる。はるか遠く、見えない相手に向かって、クリスは大胆不敵に宣告する。
「待ってろよヒューゴ、今度は私がびっくりさせてやる」

 ゼクセンは、もうすぐ、春。

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