親心

 久しぶりに見た娘は。
 ひどく、美しくなっていた。

「そりゃ親としては心配するだろう!!」
「……そうか」
 やけに力強く断言したジンバに、ゲドは逆らうでもなくぽつりと呟いた。反対意見を出すだけ無駄なのだと、つくづく思い知らされている。
 結局は、いいように解釈して自分の意見をずるずると言う奴なのだ。
 ……いや。『意見』であれば、まだマシなほうだ。大概は愚痴とも嘆きともつかない、記憶にとどめるだけ無駄な話なのだから。
 ゼクセンの女性に惚れ込んでいたころは、それに惚気も加えられていたが。
 どうも、今夜もそんな雲行きだった。人、それを『親バカ』という。
 ビュッデヒュッケ城の酒場は、普段ならさまざまな人が溢れ返っているのだが、深夜ともなればほとんど姿は消える。夜明け前ともなれば、ゼロに近い。
 酒場の女主人アンヌも、ゲドとジンバの前に酒の瓶を幾つか置いて、さっさと寝に行った。ある意味賢明な判断だ。
「娘は父親に似た相手を選ぶというじゃないか!」
「……そうだな」
「けど、俺みたいに顔良し性格良しな男は、そうは居ないだろう!?」
「……そうだな」
 自分で『性格が良い』などと言っている時点で、何か違うような気もするが、深く考えてはいけないだろう。
 何本もの酒を空けたせいで、浅黒いジンバの顔も、良く見ると真っ赤になっているようだった。ちなみに瞳のほうは良く見なくても、酒精で少し淀んでいる。
 転がっている酒瓶の数は、結構なものがある。会計係のエースが見れば悲鳴を上げそうだが、これの支払いはジンバがすると決まってある。
 エースにはいつも迷惑をかけてばかりだな。今頃はゆっくりと夢の中をたゆたっているのだろうか。自分もそろそろ眠りにつきたいのだが。
 だがしかし。
「ヘンな虫がついたらどうしてくれよう……」
「……そうだな」
「そうだ、今からくっつく男どもを抹殺して回るというのはどうだ!?」
「……そうだな」
「クリスはああ見えても、優しくて繊細な子だからなぁ…悪賢い男にころりと騙されてしまいそうだ。やっぱ俺が護るしかないよな!?」
「……そうだな」
 いつもいつも飄々と生きてきた男だから。
 ハルモニアの刺客も、原因の一つかもしれない。けれど、きっと、本当は重く思ったのだろう。自分以外の人間の人生を、背負うということに。
 大事に想っていたはずの妻も、かわいがっていた娘も、地位も、名誉も、全てを投げ出して流されるままに自由に生きてきて。
 1度、手放したからこそ。
 ……そして、二度と元には戻らないからこそ。
 切なく、愛しく、狂おしく、想うのだろう。
「やっぱアレだろう。俺以上の男が現れるまで、クリスは俺が護らなきゃな!」
「……そうだな」
「あの黒髪流れた騎士も、ダメだ。あいつは腹黒そうだしな」
「……そうだな」
「金髪の騎士は……まぁ、一生手を出せなさそうだから大目に見てやるとしても。畑の奴も、ダメだな、せめて俺よりも強くないと」
「……そうだな」
「うちの若長も、イイ線行ってるんだが、まだまだだな」
「……そうだな」
「あのハルモニアの諜報員なんて問題外だぞ!!」
「……そうだな」
「もちろん、お前にもやらんからな!!」
「……解っている」
 ふと、思う。案外、離れていて良かったかもしれない。
 クリスはあの通り、堅苦しく生真面目な性格だ。記憶に残っていない父の姿に自責の念を抱いているようだが、真実の姿は知らないほうが幸せなように思える。
 ジンバ……ワイアットがライトフェロー家にもしとどまっていたら。
 真面目な彼女とは早晩衝突していただろうし、反抗期に入りでもすれば、ジンバは周囲の迷惑顧みず泣きついてきていただろう。
 自分の精神衛生のために、過去に安堵のためいきをひとつ。
 そして。
「……うぅ~、クリスぅ~~…好きな奴が出来ればちゃんとパパに言うんだぞ、半殺しにしてやるからな~……」
 まだ終わりそうに無いジンバの話に、溜息をもうひとつ。

 親というやつは、なかなかに複雑らしい。

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