かわいい彼女

 ビュッデヒュッケ城の朝は早いが、中でもルイスの朝はけっこう早い。
 朝、主人であるクリスが目覚めるよりも先に起床し、着替え、朝食の準備をする。ビュッデヒュッケ城では専属料理人とも言えるメイミがレストランを預かっているのだが、クリスの朝食だけは自分に作らせてほしい、と頼み込んだのだ。
 朝食の準備を完璧に終えてから、ルイスはクリスの私室へと向かった。とんとんとん、と軽く扉を叩く。
「クリス様、おはようございます、ルイスです」
 ここまではいつもと同じ。日課といえるもの。
 だが。
「……クリス様?」
 いつもなら、ルイスが起こしに来る前に、クリスはもう起きていて、硬質だが美しい微笑とともにおはようの挨拶をするのだが、今日はクリスの部屋からは物音一つしなかった。
 確か昨日は遅くまでクイーンとリリィとエステラにつかまって酒場に居たはずだ。もしかしたら、飲みすぎで具合を悪くしているのかもしれない。生真面目な性格から予測できる通り、クリスはあまり酒が飲めないのだ。
「クリス様?」
 幾分語気を強めて、再び扉を強く叩く。だが、それでも返事はない。
 しばらく迷った後、ルイスは扉のノブに手をかけた。
「失礼します……」
 ビュッデヒュッケ城は言ってしまうとなんだが、もともと部屋数だけは多いボロ城である。急激に人が増えてあちこち改装され、活気もあふれてきているが、だからといって設備が急に新しくなるわけもない。そんなわけで、クリスの部屋も鍵なんて上等のものはついていない。血迷った輩が押し入ったらコトだから鍵はつけるように、とルイス他クリスを慕うゼクセンの騎士全てが口を揃えて言ったのだが、「何かあったとしても大抵の男なら撃退できるさ」というクリスの発言により却下されている。
 そのときは心底不安になったものだが、今は逆にそれが幸いした。
「クリス様? いらっしゃらないんですか?」
 声をかけながら、恐る恐る私室に踏み入る。窓際まで近づいたルイスは、ベッドがふっくらと盛り上がっているのを見て、ほっと胸をなでおろした。どうやら、疲れてまだ寝ているだけのようだった。
「クリス様、もう朝ですよ。起きてくださ…」
 ゆさゆさと揺さぶるルイスの手がふと止まった。
 ベッドの中で眠る人物に、見覚えはある。滑らかな真珠の肌。月光を束ねた銀の髪。今は閉じられて見えないけれど、強い意志を宿す紫水晶の瞳。
 だが。
「……たっ、たいへんだっ……」
 呻くように呟いて、ルイスは慌てて部屋を駆け出した。残されたクリスが、その慌しさにようやく目を覚ます。
「……ん……みゅ……」
 手のひらでごしごしと目をこすってから、ゆっくりと起き上がる。きょときょと、とその視線が不思議そうにめぐらされる。
「……ここは……?」
 ベッドの上。クリスとまったく同じ容姿を持つ7,8歳前後の少女が、きょとんと首をかしげた。

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