ビュッデヒュッケ城の文化というものは、良くも悪くも多国籍である。ゼクセンとグラスランドのほぼ中間に位置するという地理的要因もさることながら、炎の運び手の本拠地としていろんなところから人が集まったということもあるだろう。ゼクセン・グラスランドはもとより、ハルモニアの傭兵や…遠くはトランの竜洞騎士団の騎士まで。また、それらの人々が持ち込んできた『文化』を、良いところは柔軟に受け止め取り入れる、城主トーマスのしなやかさも大きな理由のひとつに違いない。
そして、時間は全てを変えてゆく。形あるものも、形ないものも。
………そんなわけで。
「frustro vel crustum?」
にっこりと笑って投げかけられた言葉に、ヒューゴとクリスはぴたりと動きを止めてしまった。籠をひとつずつ両の腕に掛け、わくわくと答えを待っていた娘が、悪戯っぽく笑う。
「ごめんなさい、旅の方は知らないのかも。あのね、これはこの地方に伝わるお祭りでね…」
「…知っているよ」
一生懸命説明しだした娘の言葉をさえぎって、クリスが小さく笑った。紫の瞳に浮かぶのは、遠く懐かしい思い出だ。
「古い古い言葉で『悪戯か菓子か』というんだろう? で、望む方を与えるという…」
「なぁんだ、知ってるんだ。今日はお祭りの日だから、ゆっくり楽しんで行ってね!」
ヒューゴとクリスの手に飴をひとつずつ落した娘は、ぺこりと頭を下げ、きびすを返した。跳ねるような足取りであちこち走り回り、菓子を配るその後姿だけを見れば、すっぽりとかぶった獣の皮のせいで直立する獣のようにも見える。
「………………びっくりした…」
しばらくして呟かれたヒューゴの言葉に、うん、とクリスも小さく答える。本当にびっくりした。まさかこんな風になっているとは思いもよらなかった。
長く厳しい冬の前に、獣や精霊の扮装をするグラスランドの祭りと。
やっぱり同じ時期、悪戯な子供たちが菓子をねだり、大人たちは飲み明かすゼクセンの祭りがあって。
長く続く戦の慰めに、それらをひとつに融合させてお祭りを始めたのがトーマスたちで………それから50年、ふたつの祭りは混じったまま、今日まで続いてきているのだろう。きっともう、どちらがどちらの風習だなんてほとんど分からないほど、当たり前に溶け合って。
城の前の大広場がメイン会場にでもなっているらしく、人々のさざめきに混じって陽気な音楽が聞こえてくる。楽しそうな歓声に耳を欹てたヒューゴが、ふわりと手を差し伸べた。
「…せっかく祭りの日に帰ってきたんだし、踊っていこ?」
「…そうだな」
にこりと笑ったクリスの手が、ヒューゴの手の中に滑り込む。そうして、ふたりは喧騒の輪に飛び込んだのだった。
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