「ほいよ、ヒューゴ」
どっさりと机の上に積み重ねられた手紙の束に、ヒューゴは胡乱げな眼差しを向けた。届けにきたシーザーの声音は、あくまで他人事ということでか、いつもどおりへろんとした明るいもので……それがまた憎たらしい。
その全てに目を通すのは、<炎の英雄>たるヒューゴの役目だ。他の誰が代わることも出来ない、彼だけの仕事のひとつである。それを支えるシーザーやクリスたちの苦労を知っているから、これだけで文句を言うわけにはいかないと理性では分かっているのだが、それでもこの量を目の当たりにするとやっぱり不満が表に出てしまう。
「ねー、いっそのこと目安箱やめちゃおうよ」
「…お前、それマジで言ってんの?」
「…………ごめん、言ってみただけ」
「ならいいけどな。ちゃんと目を通しておけよ」
「うんわかった」
軍師さまには次の予定が迫っているらしい。あっさりと注意だけ促して、シーザーは無情にも立ち去ってしまった。<炎の英雄>に与えられた執務室には、ヒューゴと手紙の束だけが残される。
手紙の全部が全部、真面目な意見なのであれば、ヒューゴだって不満に思いやしない。未熟な、名前ばかりの『英雄』に、歴戦の戦士が不満を抱くのは当然だと思うし、それを少しずつ直していければいい、と思っている。だいぶ打ち解けてきたとはいっても、グラスランドとゼクセンの間には、軋轢だって残っているし、必要なものや足りないもの、そういった細かいけれども大切な話を直接聞くのは大事だと思っている。
けれども、ほとんどの投書は、返事に困るものなのだ。
クリスを除く5騎士から「クリス様は渡さない!」と乱暴な筆跡の投書をもらっても、面と向かって「恋人同士だから」とは言えない。言ったが最後…………ちょっと、想像するのが怖い。
そして、もっと問題なのが、最近増えてきた「ファンレター」だった。ビュッデヒュッケ城に集まってくる人が最近になって増えたせいだろうか、「ヒューゴさまカッコいいです~!」とか「身長が伸びなくても、わたしとつりあいますよっ☆」とか、そんな投書をもらうと、もうどうしていいのかわからなくなる。とくに身長に関しては大きなお世話、とつき返したくなるぐらいだ。ヒューゴを知らない、カラヤ以外からの人間が増えてきた、というのはいいことだとは思うのだが、それにしたって困るものは困る。
「うううううう…」
手紙の束をにらみつけて、しばらく唸っていたヒューゴだったが、やがて諦めてため息をひとつついた。こうして睨んでいるところで、手紙が減るわけではない。さっさと目を通してしまったほうが、よっぽど建設的だ。
手を伸ばして、投書の山を崩す。さてどこから開こうか、と手をさまよわせたとき、ふとひとつの手紙に気が付いた。
たいていが四つ折にされている中で、ひとつだけきっちりと念入りに、出来うる限り小さく折りたたまれた、紙。うっかりするとゴミと間違えそうなぐらい、小さく小さくたたんでいる。
なんとなく興味を覚えて、摘み上げる。そっと開いてみると、性格を現すような流麗な文字が、必要最低限つづられていた。
『今日の夕方、一緒にお茶を飲まないか? Chris』
小さく折りたたんでいたのはきっと、精一杯の誘いが恥ずかしかったのだろう。顔をうすく桃色に染めて、紙を折りたたむクリスの姿が思い浮かんで、ヒューゴは思わず小さく笑った。あの不器用なクリスのことだ、相当な時間がかかったに違いない。
「…あははっ、手紙っていいなぁ」
それまでとは正反対の感想を呟いて、ヒューゴはその手紙をポケットにしまいこんだ。お茶に間に合うように、この手紙の山を片付けなければならない。表情をきりり、と引き締めたヒューゴは、見違えるような真剣さで投書を開いていった。
その後、目安箱が廃止されることは、もちろん無かった。
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